ピアノ | フジコ・ヘミング/ラ・カンパネラ~フジコ・ヘミングの世界 |
---|
商品名 | フジコ・ヘミング/ラ・カンパネラ~フジコ・ヘミングの世界 |
---|---|
発売日 | 2016年09月21日 |
商品コード | MIVE-4187/8 |
JANコード | 4571117354462 |
定価(税込) | 2,640円 |
収録時間 | DISC-1:56分22秒 DISC-2:42分02秒 |
孤高のピアニスト“フジコ・ヘミング”のやさしく包み込むようなピアノ演奏に癒されます♪
「ラ・カンパネラ」をはじめ、彼女ならではの心洗われる“リスト&ショパン”代表的名演をベスト収録しました!!
収録内容
藤井 宏
名ピアニストであったリストはピアノ曲を数多く作曲した。「ハンガリー狂詩曲」はハンガリーの民族色の濃いメロディーをもとに作られ19曲が残されている。各曲はハンガリーの舞踏音楽、「チャールダーシュ」の形式に従い、遅く荘重な部分と速いテンポの激しい部分から構成されている。第2番は最も有名であり、華やかな演奏効果を持った1曲である。
【解説】藤井 宏
Hungarian Rhapsody No.2 in C sharp minor S.244-2 (F.Liszt)
「3つの演奏会用練習曲」の第3曲。リストの技巧的な練習曲集とは違い、サロン風のロマンティックな小品集のような性格を帯びている。左右の手の交差による主題がアルペジオで彩られ、まさにため息を表現したような曲想によって、流麗で甘美な味わいを持った作品である。
【解説】藤井 宏
Un Sospiro S.144-3 (F.Liszt)
リストは20歳の時にパリで名ヴァイオリニスト、パガニーニの演奏を聴いて感動し、パガニーニの作曲した技巧的なヴァイオリン曲をピアノ曲に移した曲を書き始めた。そのひとつが全6曲の「パガニーニによる大練習曲」であり、「ラ・カンパネラ」はその第3曲にあたる。鳴り響く鐘の音を模した高音域の輝かしい音色が、独特の演奏効果を生んでいる。
【解説】藤井 宏
La Campanella S.141-3 (F.Liszt)
4巻から成る「巡礼の年」の第1巻「第1年スイス」の第4曲であり、シラーの詩の1節「さざめく冷たさの中で、若々しい自然の戯れが始まる」が曲の冒頭に掲げられている。自由な変奏曲のスタイルで書かれているが、その装飾的な音型には極めて高度な技巧が盛り込まれている。
【解説】藤井 宏
Au Bord d'une Source S.160-4 (F.Liszt)
13世紀初頭、イタリアでフランチェスコ教団を創始した聖フランシス(聖フランチェスコ)の聖業を描いたピアノ曲、「伝説」(2曲)のうちの第1曲。聖フランシスが鳥たちに語りかけると、鳥たちはその教えをじっと聞いていたという物語に基づいており、その様子が極めて描写的な手法で表現されている。
【解説】藤井 宏
St. François d'Assise, la prédication aux oiseaux S.175-1 (F.Liszt)
リストは自身の歌曲をもとに、「愛の夢」というピアノ曲を3曲書いた。その中で最も有名なのが第3番であり、「おお、愛しうる限り愛せ」という歌曲に基づいて作曲された。その歌詞の持つロマンティックな内容が、ここにはそのままピアノで表現されている。
【解説】藤井 宏
Liebestraum No.3 in A flat major S.541-3 (F.Liszt)
リストは、ピアノ曲のための編曲を数多く手がけ、「ます」はシューベルトの歌曲からの編曲(トランスクリプション)である。清い小川で泳いでいる鱒の姿や、鱒を釣り上げた釣り師を見て心を痛める作者の心情などを描いた歌曲で、そのメロディーはシューベルトの「ピアノ五重奏曲『ます』」の第4楽章のテーマにも用いられている。
【解説】藤井 宏
Die Forelle (Schubert-Transcription) S.564 (F.Liszt)
この曲の原曲はシューベルトの歌曲集「美しい水車小屋の娘」の第2曲である。リストは、旋律や和声を自由に処理すると共に、自身の優れた技巧を披露する場面を設けたり新しい要素も加えながら編曲を行っている。
【解説】藤井 宏
Wohin? (Schubert-Transcription) S.565-5 (F.Liszt)
この原曲は、シューマンの歌曲集「リーダークライス」 作品39(1840年) の第12曲であり、春の夜に感じるときめきや心の動揺を見事に表現した歌曲である。そして、リストによるピアノ編曲版が出版されたのは1872年であった。
【解説】藤井 宏
Frühlingsnacht (Schumann-Transcription) S.568 (F.Liszt)
この原曲は、ショパンの「17のポーランドの歌」の第1曲である。原題の「願い」よりもドイツ語訳の「乙女の願い」として知られるこの歌曲は、乙女の恋心をポーランドの舞曲、マズルカのリズムに乗せて軽やかに歌ったものであるが、リストの編曲ではショパンのピアノ曲風の書法もうまく生かされている。
【解説】藤井 宏
Mädchens Wunsch (Chopin-Transcription) S.480-1 (F.Liszt)
ショパンの「練習曲集(エチュード)Op.10(全12曲)」は1829年~32年に作曲された。激しい曲想の「革命のエチュード」については、ショパンがウィーンからパリへ向かう途中、立ち寄ったシュトゥットガルトで、故郷のワルシャワがロシア軍の侵入を受けて陥落したことを知り、怒りと絶望を込めて書いたというエピソードが伝えられている。
【解説】藤井 宏
Etude in C minor "Revolutionary"Op.10-12 (F.Chopin)
ショパンが書き残した作品は大半がピアノ曲であり、稀有の創作力をもって生み出された作品がロマン派のピアノ音楽に新しい境地を拓いたとして、彼は「ピアノの詩人」とも呼ばれている。この曲は右手で弾く細かな音型が、ピアノの黒鍵だけを使って書かれているため、「黒鍵のエチュード」の名で知られている。
【解説】藤井 宏
Etude in G flat major"Black keys"Op.10-5 (F.Chopin)
旋律の美しさによって特に有名なこのエチュードは単独でもしばしば取り上げられる。昭和10年ごろ、ショパンを描いたフランス映画『別れの曲(原題: 別れの歌)』のテーマ音楽として用いられたため、「別れの曲」という愛称で広く親しまれている。
【解説】藤井 宏
Etude in E major"Chanson de l'adieu"Op.10-3 (F.Chopin)
ショパンのエチュードは作品10(12曲)、作品25(12曲)、作品番号の無い3曲の全27曲が残されており、多彩なピアニズムがちりばめられている。この作品25の1は、6本の弦が張られ風によって音を出すハープを想わせる繊細なタッチや牧歌的な曲想から「エオリアン・ハープ」または「牧童」と呼ばれている。
【解説】藤井 宏
Etude in A flat major"Aeolian Harp"Op.25-1 (F.Chopin)
ショパンのエチュードには、ピアノの様々な技巧を磨くために書かれた難曲が多いが、指の訓練だけでなく旋律を歌うなど音楽的な修練も多分に含んでいる。この作品25の7も左手で主旋律を歌う練習曲であり、エレジー風の作品である。
【解説】藤井 宏
Etude in C sharp minor Op.25-7 (F.Chopin)
ショパンが残した全27曲のエチュードの中には、愛称を付けられて単独で親しまれている曲も何曲か含まれている。この作品25の11は作曲家、F.リストの恋人だったダグー伯爵夫人に献呈された。行進曲風の短い序奏に始まり、まず右手で、やがて左手でも奏される細やかな音型が木枯しの舞う光景を連想させることから、「木枯しのエチュード」の愛称で親しまれている。
【解説】藤井 宏
Etude in A minor"Winter Wind"Op.25-11 (F.Chopin)
このワルツは優美な表情を湛えた曲で、ショパンが残した20曲に及ぶワルツの中で最高の作品と称されている。メランコリックな色調が全体に流れ、途中で嬰ハ短調から変ニ長調に転調しても変わらない。この上なく優雅で悲哀感ただよう曲想は最晩年のショパンならではのものである。
【解説】藤井 宏
Valse No.7 in C sharp minor Op.64-2 (F.Chopin)
夜の夢想的な気分を表すノクターン(夜想曲)はアイルランド出身の作曲家、J.フィールドが創始したと考えられている様式である。ショパンはこの様式に基づき、彼ならではの手法を盛り込んだ21曲のノクターンを作曲した。1830~31年に書かれた第1番は、ショパン独特のたゆとうような旋律のなかに、もの悲しい気分が漂うノクターンである。
【解説】藤井 宏
Nocturne No.1 in B flat minor Op.9-1 (F.Chopin)
ショパンが書き残したノクターンの中で、最も一般に知られているノクターン。1956年、米映画『愛情物語』のテーマに用いられたこともあり、その美しくロマンティックで、ゆったりしたワルツ風の旋律は広く親しまれるようになった。
【解説】藤井 宏
Nocturne No.2 in E flat major Op.9-2 (F.Chopin)
この曲はショパンの死後に世に出た遺作であり、ロマンティックな感傷を帯びた印象的な作品。1875年に「アダージョ」として初出版されたが、版を重ねるなかで曲名が「想い出」「ノクターン」と変更されていった。ショパンの姉、ルドヴィカの記録から1830年に作曲されたと推定されている。
【解説】藤井 宏
Nocturne No.20 in C sharp minor Op.posth (F.Chopin)
24のプレリュード(前奏曲)は1839年に出版されたが、第1番のハ長調から第24番のニ短調まで24の調が配列され、それぞれ形式や性格を異にする小品の集まりのように見えるが多彩なピアノ技法が高度に集約された作品集である。 ここではその中から4曲が収録されているが、なかでも第7番は単独でも演奏されるほど有名なプレリュードであり、短いながら印象に残る旋律である。
【解説】藤井 宏
Prélude in G major Op.28-3 (F.Chopin)
Prélude in A major Op.28-7 (F.Chopin)
Prélude in B major Op.28-11 (F.Chopin)
Prélude in F major Op.28-23 (F.Chopin)
日本人ピアニスト、大月投網子とロシア系スウェーデン人建築家・画家のジョスタ・ジョルジ・ヘミングを両親にベルリンで生まれる。3歳の時、両親と帰国するが、開戦の気配が濃い日本から父親は去り、以来母親に育てられた。5歳の時、母親の手ほどきでピアノを始める。10歳でドイツ系ロシア人ピアニスト、レオニード・クロイツアーに師事し、17歳でコンサートデビュー。父親が日本を去った後もスウェーデン国籍のままだったが、スウェーデンに一度も住んだことがなかったため18歳で国籍を失う。
青山学院高等部を経て、東京音楽学校(現・東京芸術大学)在学中にはNHK毎日コンクール音楽賞、文化放送音楽賞 他受賞。来日していたサンソン・フランソワにその実力を認められ、ドイツへの留学を試みるが、無国籍のためパスポートが取れず赤十字難民としてようやく28歳でドイツ留学を果たした。ベルリン国立音楽学校卒業後はヨーロッパに居住し、ウィーンではパウル・バドゥラ=スコダに師事。この間、“リストとショパンを弾くために生まれてきたピアニスト”と称される。しかし、1969年、大きなリサイタル直前に風邪が原因で両耳の聴力を失い、演奏会 のキャンセルを余儀なくされ、その後次第に音楽界から忘れ去られていった。ピアノ教師をしながらヨーロッパ各地でコンサート活動を続けるが、1995年、母親の死を機に30数年に及ぶ外国生活に終止符を打ち帰国。
帰国後はピアノ教師をしながら生活していたが1998年4月、母校芸大の旧奏楽堂などでコンサートを行う。1999年2月11日、彼女のピアニストとしての軌跡を描いたNHK教育テレビ ETV特集『フジコ~あるピアニストの軌跡~』が放映され大反響を呼ぶ。現在は、内外で活発な演奏活動を続けており世界各国で活躍している。