恋唄綴り~ヒストリー・オブ・村下孝蔵

村下孝蔵(1953年2月28日生まれ 熊本県水俣市出身)

1979年CBSソニーオーディションにて最優秀アーティストに選ばれる

1980年5月21日シングル「月あかり」でデビュー

1982年「ゆうこ」、1983年「初恋」「踊り子」が大ヒット

以降、「七夕コンサート」を筆頭に地道なコンサートツアーを続け、年一枚のペースでアルバムを発表

1999年で20周年を迎え意欲的な活動のさなか、6月24日、都内の病院で脳内出血の為、急逝(46歳)美しく叙情的な日本語の歌を歌い続けたシンガーソングライターとして、その作品は多くのファンによって愛され続けている

名曲「初恋」をはじめ、心揺さぶる澄んだ歌声と叙情味溢れる楽曲で、どこか懐かしくロマンチックな世界を歌い続けた『村下孝蔵」のベスト盤!!

デビュー曲「月明かり」から、「初恋」「踊り子」「ゆうこ」「陽だまり」などのヒット曲や最後のシングル「同窓会」まで全19曲収録!!

浅き夢みし 2020年は世界中に大きな変革がありました。感染症の蔓延です。

それから 約1年が過ぎて、何も終息せず、まだまだ先が見えない状況です。僕は母親が 去年亡くなり、家族や親戚一同が集まりふるさとで納骨式があった時に、東京 を離れて自分の生まれた町に戻るチャンスではないかとふと思ったんです。 50年間東京に住みました。なんだか突然に、もういいやと思ったわけです。 れからいろんな人を説得したり依頼したり、片付けなきゃいけないことが 山のようにありましたが、半年後には全てを整理して自分の生まれた家に戻 ったんです。築70年近い古民家で、しかも20年近くは空き家でした。帰ること を思い留まろうとする気持ちや、大きな変革にめげそうな時に僕を支えた ものの一つは村下さんの音楽でした。一緒に作った歌の多くは、僕と村下 さんの故郷物語のようなものでしたし。彼がデビューした時のキャッチ フレーズは「忘れかけた郷愁を歌に託して」です。まだ二十代の二人がすでに 消えかけていく日本の情緒を歌で守りたいと思ったわけですから、あれから 40年近く経った今は尚更その想いは強くなっています。そして故郷の空を 見ながら聴く村下孝蔵は格別です。

人生の全てが凝縮されています。人生が 浅い夢を見ながら生きていくものならば、彼の歌に包まれていつまでも醒め ないでほしいというふうに祈りたい気持ち歌を作るときに僕らが留意したことは、匂いと音です。音とは音楽ではなく て雑音というかノイズです。まずは生活空間では様々な匂いがあります。 お母さんの作る夕餉の匂い、名前も知らないのに友人のように町に並ぶ木々 の匂い、消毒液やチョークや子供の体臭に満ちた学校の匂い、ガソリンや 燃えかすや飼われている鶏やヤギや牛の匂いや町のいろんな場所から流れ てくる暮らしの匂い。それと同じようにガチャガチャと聞こえてくる音。工場の 機械の音や車の走る音、歌の中にそういった生活音や匂いが立ち込めるよう にしたいと考えました。いい匂いばかりじゃダメで、心地よい音ばかりじゃダメ です。犬のやかましい声や草を焼いた焦げ臭い匂い。全てが僕らが作りたかっ た故郷物語には必要でした。小川のせせらぎや祭囃子の太鼓の音。子供が はしゃぐ声、近所のおばさんが大声で笑う声。全部が歌を色付けるんだと信じ ていました。

いま自分が生まれた家でまた生活するようになり、村下さんと話していた頃 の気分を思い出します。彼の歌には、その匂いや音がある。だからいつまでも 輝いているんだなと思います。あの青春時代に見た夢を思い出しながら歌を 作り、それをいま聞くことでみんなが見て来た浅い夢がまた蘇っていくんです。

須藤 晃